ダラダラと活発たれ!!

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天国への階段

窓を閉める。換気扇のスイッチを切る。夜の静けさに空間を支配させる。今から行う作業は、完璧な集中を要する。そのための準備をしている真っ最中だ。僕はこれから、少年時代毎晩のように開いていた扉の前に立つ。今夜こそ、うまく開いてくれそうだ。

 

僕と天国への階段

世界で一番好きな曲は?と聞かれた時の答えを、僕は既に用意してある。UKの伝説のハードロックバンド、Led Zeppelinの「天国への階段」だ。

この曲に出会ったのは中学に入ってまもない頃。父親に教えてもらった。「初めて聞いた時は父さんもよく分からなかったけれど、何度も聞いている内にわかってくるよ。」その言葉どうり、カーステレオから流れてくる音楽は、長くて退屈で僕には理解できないものだった。

それからしばらくして、父は僕にiPodを買い与えてくれた。その中に、Led Zeppelinのベスト・アルバムもしっかり入っていた。薄れた記憶を頼りに僕は、父が教えてくれたあの曲を探し出した。天国への階段──Stairway to heaven─ーを。

間もなくして僕はこの曲の虜になった。なんだかよくわからないけれど凄いものに触れている。その感覚は回数を重ねるごとに増していった。この曲は、BGMなんかには出来やしない。それだけの迫力を子供ながらに感じていた。

あれからたくさんの音楽を聞いた。あの時と同じ気持ちで、久々にこの曲に触れる。かつてのように、替えがたい恍惚に浸ることが出来るだろうか?余計な知識がメスとなって、あの完璧な幻想をバラバラに壊してしまわないだろうか?

 

それは杞憂に終わった。イントロが始まった瞬間から、あのころと変わらない感覚が支配する。心臓が大きく鼓動し、体全体が来るべき8分に身構える。やはり、この曲は特別だ。ギター、歌、ドラムス、オルガン、笛の音…この曲を構成する要素を分解し、理解しようとしても決して捉えることはできない。例えるならばそれは、夢の中で次から次に浮かび上がるイメージを繋ぎ合わせ、一つの物語にしようとするような作業だ。俯瞰に徹しようとも、その夢の中にいる限り、流れに逆らうことはできない。あのアルペジオが始まった瞬間から、否応なしに旅に連れ去られる。

ふと、ある考えが浮かんだ。もしこの曲にこれだけ魅力を感じているのは僕だけで、他の人にとっては、数ある楽曲の中の少しばかりか優れた一つに過ぎないのではないか?そんな馬鹿げたことを考えるほど、この曲は素晴らしすぎた。

だがその仮定は僕を不安にさせるどころか、嬉しくさせさえした。「天国への階段」と僕が、何か運命的な絆で結ばれているような気がしたからだ。もちろん「天国への階段」は世界中の誰もが知っている名曲中の名曲だからそんなわけはないのだが、もしそうだとしたらこんなにワクワクすることはない。この曲の持つ神秘的なイメージも相まって、よく出来すぎたストーリーを夢想するのも楽しい。

 

この曲を聞く度にいつも、僕は同じイメージを思い浮かべる。鬱蒼と生い茂る針葉樹の森の中、濃い霧がかかっている。その中を誰かがゆっくりと歩いていく…。ノルウェーブラックメタルバンド、Burzumのアルバムジャケットにも似た光景。いつもその一枚の絵が思い浮かぶのだ。

Led ZeppelinはImmigrant SongやAchilles Last Standなど、北欧神話をテーマにした楽曲を多数発表している。「天国への階段」が含まれるアルバムのThe Battle Of Evermoreという曲もその一つだ。おそらく僕の想起する情景はそこから影響を受けているのだろう。歩いていく人物というのも、「天国への階段」の歌詞の描写に合致する。だがしかし、決して訪れたことのない場所を何度も想起するというのは面白い。

更に、その一枚の絵、それに伴う追想は、僕の中に眠るより根源的な感情を呼び起こす。神秘的ではあるが決して宗教的ではない、自然に対する畏敬の念。更に、幼年の頃から抱いていたどうしようもない恐怖すら、僕はこの楽曲から連想してしまう時がある。この曲に限らず、僕は小さかった頃のことを考えると、どうしようもなく寂しくなってしまうのだ。幼いが故に、まだ外の世界のことをよく知らないが故に抱いてしまう恐怖や苛立ち。そんな思い起こすだけでたまらない感情が撫でられると、少しゾッとする。やはりこの曲の持つ魔力は嘘ではない。

 

話が暗くなってしまった。かつて僕がギターを弾き始めた時、この曲をマスターすることが最終目標だった。最初のイントロはある程度覚えているが、未だにどう弾くのかは知らない。もう弾こうとする意欲は失せてしまった。それは、この楽曲が持つ魔力を自らの手で再現することは到底不可能だからだ。もはや僕にとってこれは、音楽を超えた何かだ。あまりに素晴らしいものは、時にそれを追い求めることすら放棄させてしまう。

今の僕には、他に大好きな音楽ややりたい音楽がある。またいつか、どこかでこの曲が流れているのをふと耳にするかもしれない。その時僕はどう思うのだろうか。また違った感慨が生まれるのだろうか、それとも何も感じないかもしれない。だとしても、どうということはない。僕にとって「天国への階段」は、とうに人格や背景を捨てた、一つの「体験」だからだ。かけがえのない経験は、それを所有しているだけで価値があるのだ。

(終わり)