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グッドウィルハンティング ー旅立ちー

今日は珍しく気分がいいです。今の内に出来ることを全てしておこうと思います。ここ数年、躁状態の万能感と鬱状態の無能感の間で、押しつぶされてしまっています。

 

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グッドウィルハンティングという映画を見ました。

物語の主人公は、天才的な数学のセンス(これが笑っちゃうくらい天才なんです)の持ち主ウィル。彼もまた、万能感と無力感の狭間で生きる意味を見失っています。しかし、彼の無力感は、自分が万能であるがゆえの代償のようなものなのでしょう。

あらすじはこちら⇩

 深い心の傷を負った天才青年と、同じく失意の中にいた精神分析医がお互いにあらたな旅立ちを自覚して成長してゆく姿を描く感動のヒューマン・ドラマ。ボストンに住む青年ウィルは、幼い頃から天才ゆえに周囲から孤立していた。だが、彼の才能に気付いた数学教授のランボーは、ウィルに精神分析医のショーンを紹介する。ウィルはショーンにしだいに心を開いてゆくが、彼の才能に気付いた政府機関や大企業が接近してくる。

グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち - 作品 - Yahoo!映画

感想とか書いていきます。

 

 

 

⚠️ネタバレ注意

 

本当に素敵な映画でした。特にラストシーンが爽やかで、とても気に入っています。どこまでも続く道路を主人公を載せた車が走っていく中、Elliot Smithの「Miss misery」が流れるシーン。車が遠くに消えていき、文字通り「旅立ち」を描いたシーンでこの映画は締めくくられます。

しかしそのエンドロールを眺めながら余韻に浸っていると、ある事実が心がザワつかせます。果たしてこの終わり方はハッピーエンドと言えるのでしょうか。f:id:metalheadyusuke312:20170812075859j:image

 副題の「旅立ち」の意味すること。それは、用意された出世の道ではなく、大切な人のためにカリフォルニアへ向かう主人公の「旅立ち」と、最愛の妻に先立たれ、半ば諦めかけていた余生を見つめ直すため、長い旅に出るショーン博士の「旅立ち」。この2人がいかに自分の人生に向き合うかが、この映画の焦点でした。

 

しかし、描かれているのはそれだけではありません。アイデンティティの危機に晒されたままの人々がまだいます。

まず一人目は、主人公を数学の道に進ませようとするランボー教授。

f:id:metalheadyusuke312:20170812072900j:image彼はフィールズ賞受賞という輝かしい経歴を持つMITの数学教授。しかし、主人公の圧倒的な才能に打ちのめされ、人生を狂わされます。

彼のウィルへの愛憎入り混じった感情は、ちょうどサリエリモーツァルトへの嫉妬に似ています。それに最後の主人公の行動は、ランボー教授への裏切りにも等しい行為。あの爽やかなラストシーンの後、彼が怒り狂ったことを想像するのは容易でしょう。

ウィルに狂わされたのはランボー教授だけではありません。教授の助手を務める彼も、また激しい嫉妬心に駆られた一人でしょう。

尊敬するランボー教授はウィルを可愛がってばかりで自分には目を向けてくれない。更にはその生意気な青年は、教授の寵愛を拒絶し、教授は絶望に追いやられる。多くは描かれない彼の葛藤にこそ、凡才である自分は激しく共感します。

 

そして、もう1人気になった人物がこのモーガン

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主人公の不良仲間の彼は、グループの中で虐げられているいわばいじめられっ子。ことある事に主人公の親友のチャッキー(ベン・アフレック)に怒鳴られどつかれています。

ラストシーンで、旅に出た主人公の代わりに車の助手席に座ることを許されて喜ぶ彼。しかし、これをもってして彼が報われたとするのは暴論でしょう。

 

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粗探しのように聞こえるかもしれませんが、脚本にケチを付けたいのではありません。むしろ逆で、「なぜ報われない人々が描かれているのか」を理解したいのです。

ランボー教授とその助手はともかく、モーガンがいじめられている描写などは、ストーリーに関わってきません。

つまり、脚本家(つまりマット・デイモンベン・アフレックの2人)あるいは監督が、"意図的にこの描写を入れた"ということ。

それは一体何故なのでしょうか?

 

 

深いセリフが連発されるこの映画で最も印象に残ったのは、ショーンがウィルに詰め寄るシーン。

君は何がしたい?君はこんな簡単な質問にも答えられないじゃないか。

明晰すぎる頭脳と知識によって、あらゆる人を言い負かし、壁を作って心を閉ざしてきたウィル。そんな天才の彼でも自分が何がしたいかはわからない。

しかし当のショーンも、この命題に直面します。「最愛の女性と過ごすこと」これがかつての彼の答えでした。しかしその妻をガンで亡くし、彼は半ば人生を諦めかけていました。彼はもう1度答えを見つけるため、まだ見ぬ世界を巡る旅に出ます。

ウィルは自分を愛してくれたスカイラーという答えを見つけ、彼女を追う旅に出る。ショーンはもう1度答えを探すために旅に出る。

繰り返しになりますが、副題の「旅立ち」とは、この2人がいかに「君は何がしたいんだ?」という疑問に向き合った結果でした。f:id:metalheadyusuke312:20170812080750j:image

 

 

なぜ、この映画で「報われない人々」が描かれていたのか。

それは(自分なりの解釈ではありますが)「君は何がしたい?」という問いかけが、極めて残酷なものでもある、ということを描くためなのではないでしょうか。

傷つけられた経験から心を閉ざす主人公が、心を開いていく過程でいつの間にか人を傷つけている。

自分が何がしたいのか、それにとことん向き合うことが人生だとするならば、そこには嫉妬や痛みがあるだろう。

旅立ちの先にある苦難を匂わせることで、単なる美談には終わらない奥深さを産んでいるように思います。

そう考えると、あのラストシーン美しいだけでなく、勇敢でもあるように見えます。

 

どんな映画もそうですが、またいつか見返したい、そう思う映画でした。

Elliott Smith - Miss Misery (Good Will Hunting) - YouTube

 

 

余談ですが、最近「仄暗い水の底から」と「残穢ー住んではいけない部屋ー」という邦画ホラー最恐作品を続けて鑑賞しました。この二つ、とくに後者に関しては2度と見たくないです!!

マジで夜寝るのが怖くなったぜ…

 

それでは、僕からは以上です。

 

(終わり)