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ダラダラと活発たれ!!

メタルとか映画とか音楽とかいろいろ

T2の感想とかそれ以外の話とか。

いつから、砂糖は有害なイメージが付いてしまったのだろう。

気が付いたら、一般に認知されている「砂糖」という物質は、化学的で無機質な得体の知れない粉になっていた。オマケに中毒性もあるときたから、どうにもタチが悪いらしい。

本来砂糖というのは、甘くてサラサラフワフワしていて、口の中でスッと溶ける幸せの結晶であるはずなのに。

 

これはひとえに人工甘味料の台頭が原因だろう。

コカ・コーラの中にはペットシュガー何本分の砂糖が、とか、糖質ダイエットには糖質ゼロのうどんやビールが、とか。

生きるためには欠かせない糖と、過剰に摂取するようになってからは毒と見なされるようになってしまう。人間とは恐ろしい生き物だと思う。

 

 

 

毎日毎日、ディストピアにいる感覚を噛み締めて生きている。

毎日色んなものに対しお金を払う。その行為の対価に受け取っているのは何だろうか。

ダイエット・コークを飲んだ。糖類ゼロ、カロリーゼロ。人工的な甘みが舌の表面を撫で、わずかな痛みを伴って喉奥へと急ぐ。味覚芽を刺激するためだけの化学物質。空虚な後味はいつまでも残る。

何も与えない。何も残さない。求められているのはその瞬間の刺激だけ。文字通りにそれを浴び、排水溝へ流れていったあとは二度と目にすることは無い。インターネットの万能感と無力感の狭間で、決して何も生むことのない浪費を重ねる。虚しい。僕らの世代は虚しさが全てかもしれない。

 

ディストピアでは、生きることそのものの喜びは、人間からは失われている。

疲弊仕切った我々が「それだけで素晴らしい生」を感じるすべは、朝と暮れに太陽の光を浴び、晩に目視出来るわずかな星を数えることだけとなった。それは、エサを探して歩き回っていたケモノの頃に捨ててしまった、遠い遠い宇宙との繋がりを拾い集める作業だ。体に繋がれた見えないパイプから、養分と水分を送り込まれながら、僕らは植物の安らぎに浸る。

昔読んだ本に寄れば、現代人は、命の危険を感じずに大自然との繋がりを意識した時に、自然や地球の美しさを知るらしい。

またそれも、実態のない感動を消費しているに過ぎないのだろう。

 

 

エレファントカシマシ - 風に吹かれて - YouTube

 

トレインスポッティング2、音楽がかっこよかったしカメラワークも刺激的だったけど、結局よく分からなかった。そのへんも1作目っぽいと言えばぽい。

でもまあ、なんだ、いい映画だった。そんな楽しみ方でもいいだろう。

快楽だけを消費する、まさしく麻薬だ。

 

(終わり)