ダラダラと活発たれ!!

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なんで千眼美子は「おかず」って言葉を知ってたんだよ!!

清水富美加の出家の件について、考えたことを書き連ねていこうと思います。

結構好きだったんですよ。

まあにわかでしたけど、このニュース最初聞いた時はかなり辛かったです。

引退だけでなく出家ってのがまたこたえました。

 

 

 

 

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事件からしばらくたち、事務所、教団及び本人双方の見解が連日発表、報道されています。

その中で、少し気になった発言がありました。

それは、彼女が性的対象にされることが嫌だったこと、水着や肌を露出することに抵抗があったことについての言及。(下記事)

http://a.excite.co.jp/News/entertainment_g/20170217/Real_Live_32354.html

彼女はこう述べています。

また、握手会について、「いざ、握手会とか人前に行ったら、手がぬるぬるしているおじさんとかに、すっごい気持ち悪い握手のされ方をする」と嫌悪感を明かし、「この見知らぬおじさんが私の写真やDVDを観て家でなにしてるんだろうとか考えてたらもう、ほんとうに悲しくなって」と本音をつづった。

…なんてこった、加害者は俺達だった!

 

 

この報道を聞いてちょっと僕の中に加害者意識が生まれてしまいました。なぜか?

それは、僕も割と性的な目で見てたから。

てか「おかず」にしたことあるし(爆

もうほんとこれ聞いた時、死にたくなりました、マジで。

当の本人の気持ちを考えてみれば、10代後半の女の子としての彼女の感想は、至極真っ当なものです。
しかも「悲しい気持ちになった」っていう純粋さがリアルで、聞いてて本当につらい。

悲しい生き物なんだ、僕らは、ゆるしてくれ。

 

ただ、納得のいかないところも多々あります。

ていうのも、女優とかアイドルってそーいうもんじゃん?っていう。

写真集やDVD出す時も、なんつーかこう、「おかず」的なとこには触れずに

「等身大のアタシを見てくださいっ!!」

とかそんな感じのよくわかんないコメントするもんだし…

それに、「手がぬるぬるしたおじさん」も純粋なファンだったかもしれないしね。

確かに当事者の精神的苦痛は理解できるし、アイドルや女優が残酷なビジネスであることは事実です。

だが、敢えて残酷ショーの真ん中に身を投じるのが君達の仕事じゃないのか?

こんな身勝手な疑問を抱いてしまっています。

複雑な気持ちです。

 

 

 

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僕はこの事件は、僕達が「残酷ショー」に慣れすぎてしまっていたことへの警告ではないか?と考えました。

アイドルやタレント業がその最たる例です。

少女達の青春の瞬間的なきらめきに過剰なスポットライトを当て、その輝きを切り売りする。

その裏には大きな犠牲が伴っていることも、もはや隠しもしていません。

そんなの当然だ、だから美しいのだとでも言わんばかりに、今日も明日もショーは続く。

甲子園だって、球児たちの汗が美しいとされているのは、そこに犠牲になった青春があるからなのでしょう?

 

ショーの出演者が必ずしも犠牲者とは限りません。

しかし、犠牲になっている本人が、舞台では張り付いたような笑顔を絶やさない、なんてことは多々あります。

かのスーパースター、フレディ・マーキュリーは、エイズでボロボロになった体でこう歌いました。

 The show must go on.

 それでもショーは続くのだから…と。

 

 

 

 

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だから、彼女がこうして行動に出たことは、歓迎される行為だと思います。

自殺未遂も経験したと仰っていますし、自殺以外でも薬物や犯罪行為に走るよりも、出家という行為は全く健全だと思います。

そもそも宗教は、根本的には人間を幸せにするためにあるものです。

彼女が今幸せなら、立派に機能している証拠でしょう。

もし彼女が騙されていたとしても、それで幸せになれるのだったら、それでいいのでしょう。

ただ、暗闇の中に救いを見出したのが新興宗教だったというのは、なんとも救いのない話に聞こえます。

別に幸福の科学に限ったことではなく、ね。

 

残酷ショーの真ん中で、借り物の光を放っていた彼女の闇に差し込んだ光明は、はたして本物だったのでしょうか。

借り物やおためごかしでも構わないから、救いや安らぎを求めるその姿勢は、彼女も、そして残酷ショーにすがる僕らも、あまり変わらないのかもしれません。

そんなことを考える日々です。

 

 

 

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現在公開中の映画「沈黙 the silence」は、苦しむ人々を宗教は本当の意味で救ってくれるのか?宗教によって人が苦しむことがあっていいのか?という問いかけを突きつけてくる映画でした。

原作の小説同様、素晴らしい作品ですが、共に自分の中ではまだ解釈に苦しむ作品ではあります。

また、個人的には最近見た「愛のむきだし」という映画も、新興宗教や神がテーマの作品でした。

その感想は、前にも記事にした通りです。

 

あの映画の中のヨーコみたいに、千眼美子さんも握手会で中指立てて叫べばよかったのに。

 

「男なんてサイテー!!」

カート・コバーンエル・カンターレ以外の男はみんな敵!!!」

 

って。

これは流石に冗談だけど。

それでも、どこまでも自分にひきつけて考えると、僕にはどうしても一連の騒動が悲劇に映ります。

繊細な女性が苦悩の果てに行き着いたのが、さらなる宗教への傾倒だったとは…

一体誰かに与えられた教義や正しさで、人は本当に救われるのだろうか?

無明の世界に生きる人間は、まやかしに頼るしかないのだろうか?

 

僕にはわからない。

 

 

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それにしても千眼美子さん、もしかしてヴァージ…ゲフンゲフン

 

(終わり)