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ダラダラと活発たれ!!

メタルとか映画とか音楽とかいろいろ

映画の中の闘う女性

ここ最近たくさん映画を見ています。その中で、たまたま似たテーマの作品が三つ続いてたことに気づきました。

一つ目は前の記事で触れた「ドラゴンタトゥーの女

二つ目が僕の大好きな「マッドマックス 怒りのデス・ロード

三つ目が、ティムバートン監督の「バットマンリターンズ」です。

共通しているのは、どちらも「男性に虐げられた女性の戦い」の物語である、ということです。f:id:metalheadyusuke312:20170211151303j:image

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それぞれ「ドラゴンタトゥーの女」では、レイプされ心に傷を負ったリスベットの、ミカエルに対する拙い想いの悲哀が。

「マッドマックス」ではフュリオサの過去への贖罪と、所有物扱いされたワイブス達の自立と闘争が。

バットマンリターンズ」では男性社会によって殺された、キャットウーマンの死と再生、そして復讐が描かれています。

 

中でも、マッドマックスで描かれているのは希望です。

これは、悪の親玉イモータン・ジョーに飼われて暮らすよりも人間らしく生きることを選んだ女性の物語であり、人間の自由と尊厳を賭けた誇り高い闘いの物語です。

希望の地、グリーンランドを目指す逃避行の先にあったものは?

そして最後に彼らが希望を見出したのはいったいどこだったのか?

改めて見返すことで、シンプルなプロットの中に深い意味を持った作品であることを再確認しました。

この映画は本当に僕にとって重要な作品です。

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これに対し、キャットウーマンは、その出生を絶望に根ざした存在です。

セリーナ・カイルは、キュートでありながら、男性優位の社会で押し潰され疲れきったOL。

職場での圧力とセクハラ、母親からの結婚の催促、男に媚び売る化粧品の広告…

2重の意味で殺された彼女は、キャットウーマンに姿を変えます。

艶やかで凶暴だが脆さを感じさせるキャットウーマンは、どこまでも美しく切なく魅力的です。

バットマンリターンズ」については、映画評論家の高橋ヨシキさんの著書「悪魔が憐れむ歌」を参考にされると良いと思います。キャットウーマンについての章は名文です。

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(表紙にもキャットウーマンが!)

 

またリスベットはというと、同じくして男性に虐待された身ですが、唯一心と体を許した男にも、男女としての関係を事実上解消されてしまいます。ミカエルは別のパートナーを選びました。

この事を考えると、最後にはバットマンの愛を拒絶したキャットウーマンとは、また異なる悲しみが彼女にはあります。

しかし、なぜ彼女は男性に愛を求めてしまったのか?

それは異常者である彼女は、結局社会や他人と関わる方法が犯罪とセックスしかなかったからなのかもしれません。

希望を見い出せないままバイクで去っていくラストシーンは、「マッドマックス」での心が壊れ希望を失い狂気に取り憑かれたマックスの去り際に、どこか重なる物がある様に感じました。

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僕は男なので、映画の中でも女性には感情移入しにくいことが多いです。

しかし、尊厳のために闘い、傷付き、消えていくこれらの女性達の姿には、性別の垣根を越えて心が揺さぶられる物があります。

なぜなら、そこで描かれているのは生きることそのものだからです。

少なくとも、僕にとっては。

理不尽な世の中の仕組みに屈することなく抗う彼女らの姿勢を、僕は心の底からカッコいいと思います。

その先に待ち受けているのが、希望であろうと、破滅であろうと、彼女らの闘争の物語は力強く、儚く、美しいのです。

 

 

ケケケ

 

 

(終わり)

ところでクリストファーノーラン版のバットマンの3作目にバイクに乗ったキャットウーマンが出てきたけど、アレはケツを見せびらかすだけのキャラだったな…

そもそもダークナイトは最高やけど、バットマン・ビギンズダークナイト・ライジングは微妙なんだよな

アン・ハサウェイのケツはマジで素晴らしかったけどw