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ダラダラと活発たれ!!

メタルとか映画とか音楽とかいろいろ

数え切れぬ罪を越えて

僕は電車に乗っていた。

ドア横の取っ手にもたれかかってぼんやり口を開け閉めしていると、帰宅途中の高校生達の会話が耳に入ってきた。

ものすごいデブの女と、ブスの女と、ハンサムだが妙に眠そうな男が何やら妙な話をしていたのだ。

そのデブの女曰く、

 「うわ、そいつら全員シバいたことある」

 だそうだ。

そんなに不良そうにも見えない彼女は、「そいつら」を「全員シバいた」ことがあるという。

 

うーむ。

この2017年に「シバく」という言葉を使うというのか。

こんなやつら、なかなかいそうでいない。映画やマンガでしか見ないぞ。

横の眠そうなハンサムはこんな言葉を使っていた。

「〇〇のツレが…」

うーむ、2017年に「ツレ」!

いや、いいんだけどね。

 

 

 

 

 

思い出すと少し笑える話だが、彼らに出くわした時の僕の気まずさったらなかった。

その時僕には、彼らだけでなく車内の人全てが、下品で卑劣で厚かましく、その癖善人面した俗物に見えてきたのだ。

昔なんやらいうバンドマンが、

「道行く人々ひとりひとりに日常があり家庭があり人生があると思うと、なんだか温かい気持ちになる」

とかいう内容のツイートをしていて、無性にムカついたことがあった。

僕は性格が悪いので、こいつめ好感度上げようとしやがって、とか思ってしまうのだ。申し訳ない。

それに、僕は上記のようなことに気付いても別に温かい気持ちにならず、むしろ寒気がし、絶望感とやるせなさに満ちた気分になる。

そんなありふれた光景の中の、通りすがる人々の日常や人生を美しいと思ったり、それらを祝福する気には到底なれないのだ。

さっきの毒づいていたデブ女も、数年後に幸せそうな子連れのお母さんとして目の前に現れるかもしれない。

眠そうなハンサムも、いつかオッサンになって電車の中でくたびれた表情を僕に見せてくれるかもしれない。

彼らは別に犯罪者でも悪人でもない。

しかし、彼らからは「罪に似た行為」の匂いがするのだ。

道行く人々の人生や日常に思いを馳せると、僕は途端に「罪に似た行為」の匂いを強烈に感じ取ってしまう。

夜景を見た時も同様に、その明かり一つひとつの下で繰り広げられる日常を想起し、その悪臭に笑顔もひきつる。

同時に、自分自身の体からも悪臭が放たれているようで、いよいよ気分は暗くなり、僕は絶望を噛み締める。

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三島由紀夫金閣寺に、好きなシーンがある。

夜中に夢精した主人公が、山に登り京都の街を見下ろす。灯火管制が解かれた京の都の燈を見て、主人公は己の心の闇を膨らませる…という場面。

その時主人公はある種の誓いのようなものを立てる。

「この無数の灯が、悉く邪まな灯だと思うと、私の心は慰められる。どうぞわが心の中の邪悪が、繁殖し、無数に増え、きらめきを放って、この目の前のおびただしい灯と、ひとつひとつ照応を保ちますように!それを包む私の心の暗黒が、この無数の灯を包む夜の暗黒と等しくなりますように!」

 

 

 

 

何もかもに絶望した時、僕はどこかほんの少し安らぎを感じているような気分になる。

深い海溝の底の底に、ほんの小さな居場所があるような錯覚だ。

もう少し深く、潜ってみたいような、そんな気もする。

 

ケケケ

 

Good night 数え切れぬ

Good night 罪を越えて

Good night 僕らは強く

Good night 美しく

 

THE YELLOW MONKEY/JAM

 

(終わり)