ダラダラと活発たれ!!

メタルとか映画とか音楽とかいろいろ

なんで千眼美子は「おかず」って言葉を知ってたんだよ!!

清水富美加の出家の件について、考えたことを書き連ねていこうと思います。

結構好きだったんですよ。

まあにわかでしたけど、このニュース最初聞いた時はかなり辛かったです。

引退だけでなく出家ってのがまたこたえました。

 

 

 

 

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事件からしばらくたち、事務所、教団及び本人双方の見解が連日発表、報道されています。

その中で、少し気になった発言がありました。

それは、彼女が性的対象にされることが嫌だったこと、水着や肌を露出することに抵抗があったことについての言及。(下記事)

http://a.excite.co.jp/News/entertainment_g/20170217/Real_Live_32354.html

彼女はこう述べています。

また、握手会について、「いざ、握手会とか人前に行ったら、手がぬるぬるしているおじさんとかに、すっごい気持ち悪い握手のされ方をする」と嫌悪感を明かし、「この見知らぬおじさんが私の写真やDVDを観て家でなにしてるんだろうとか考えてたらもう、ほんとうに悲しくなって」と本音をつづった。

…なんてこった、加害者は俺達だった!

 

 

この報道を聞いてちょっと僕の中に加害者意識が生まれてしまいました。なぜか?

それは、僕も割と性的な目で見てたから。

てか「おかず」にしたことあるし(爆

もうほんとこれ聞いた時、死にたくなりました、マジで。

当の本人の気持ちを考えてみれば、10代後半の女の子としての彼女の感想は、至極真っ当なものです。
しかも「悲しい気持ちになった」っていう純粋さがリアルで、聞いてて本当につらい。

悲しい生き物なんだ、僕らは、ゆるしてくれ。

 

ただ、納得のいかないところも多々あります。

ていうのも、女優とかアイドルってそーいうもんじゃん?っていう。

写真集やDVD出す時も、なんつーかこう、「おかず」的なとこには触れずに

「等身大のアタシを見てくださいっ!!」

とかそんな感じのよくわかんないコメントするもんだし…

それに、「手がぬるぬるしたおじさん」も純粋なファンだったかもしれないしね。

確かに当事者の精神的苦痛は理解できるし、アイドルや女優が残酷なビジネスであることは事実です。

だが、敢えて残酷ショーの真ん中に身を投じるのが君達の仕事じゃないのか?

こんな身勝手な疑問を抱いてしまっています。

複雑な気持ちです。

 

 

 

────────────────

僕はこの事件は、僕達が「残酷ショー」に慣れすぎてしまっていたことへの警告ではないか?と考えました。

アイドルやタレント業がその最たる例です。

少女達の青春の瞬間的なきらめきに過剰なスポットライトを当て、その輝きを切り売りする。

その裏には大きな犠牲が伴っていることも、もはや隠しもしていません。

そんなの当然だ、だから美しいのだとでも言わんばかりに、今日も明日もショーは続く。

甲子園だって、球児たちの汗が美しいとされているのは、そこに犠牲になった青春があるからなのでしょう?

 

ショーの出演者が必ずしも犠牲者とは限りません。

しかし、犠牲になっている本人が、舞台では張り付いたような笑顔を絶やさない、なんてことは多々あります。

かのスーパースター、フレディ・マーキュリーは、エイズでボロボロになった体でこう歌いました。

 The show must go on.

 それでもショーは続くのだから…と。

 

 

 

 

────────────────

だから、彼女がこうして行動に出たことは、歓迎される行為だと思います。

自殺未遂も経験したと仰っていますし、自殺以外でも薬物や犯罪行為に走るよりも、出家という行為は全く健全だと思います。

そもそも宗教は、根本的には人間を幸せにするためにあるものです。

彼女が今幸せなら、立派に機能している証拠でしょう。

もし彼女が騙されていたとしても、それで幸せになれるのだったら、それでいいのでしょう。

ただ、暗闇の中に救いを見出したのが新興宗教だったというのは、なんとも救いのない話に聞こえます。

別に幸福の科学に限ったことではなく、ね。

 

残酷ショーの真ん中で、借り物の光を放っていた彼女の闇に差し込んだ光明は、はたして本物だったのでしょうか。

借り物やおためごかしでも構わないから、救いや安らぎを求めるその姿勢は、彼女も、そして残酷ショーにすがる僕らも、あまり変わらないのかもしれません。

そんなことを考える日々です。

 

 

 

 ────────────────

現在公開中の映画「沈黙 the silence」は、苦しむ人々を宗教は本当の意味で救ってくれるのか?宗教によって人が苦しむことがあっていいのか?という問いかけを突きつけてくる映画でした。

原作の小説同様、素晴らしい作品ですが、共に自分の中ではまだ解釈に苦しむ作品ではあります。

また、個人的には最近見た「愛のむきだし」という映画も、新興宗教や神がテーマの作品でした。

その感想は、前にも記事にした通りです。

 

あの映画の中のヨーコみたいに、千眼美子さんも握手会で中指立てて叫べばよかったのに。

 

「男なんてサイテー!!」

カート・コバーンエル・カンターレ以外の男はみんな敵!!!」

 

って。

これは流石に冗談だけど。

それでも、どこまでも自分にひきつけて考えると、僕にはどうしても一連の騒動が悲劇に映ります。

繊細な女性が苦悩の果てに行き着いたのが、さらなる宗教への傾倒だったとは…

一体誰かに与えられた教義や正しさで、人は本当に救われるのだろうか?

無明の世界に生きる人間は、まやかしに頼るしかないのだろうか?

 

僕にはわからない。

 

 

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それにしても千眼美子さん、もしかしてヴァージ…ゲフンゲフン

 

(終わり)

映画の中の闘う女性

ここ最近たくさん映画を見ています。その中で、たまたま似たテーマの作品が三つ続いてたことに気づきました。

一つ目は前の記事で触れた「ドラゴンタトゥーの女

二つ目が僕の大好きな「マッドマックス 怒りのデス・ロード

三つ目が、ティムバートン監督の「バットマンリターンズ」です。

共通しているのは、どちらも「男性に虐げられた女性の戦い」の物語である、ということです。f:id:metalheadyusuke312:20170211151303j:image

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それぞれ「ドラゴンタトゥーの女」では、レイプされ心に傷を負ったリスベットの、ミカエルに対する拙い想いの悲哀が。

「マッドマックス」ではフュリオサの過去への贖罪と、所有物扱いされたワイブス達の自立と闘争が。

バットマンリターンズ」では男性社会によって殺された、キャットウーマンの死と再生、そして復讐が描かれています。

 

中でも、マッドマックスで描かれているのは希望です。

これは、悪の親玉イモータン・ジョーに飼われて暮らすよりも人間らしく生きることを選んだ女性の物語であり、人間の自由と尊厳を賭けた誇り高い闘いの物語です。

希望の地、グリーンランドを目指す逃避行の先にあったものは?

そして最後に彼らが希望を見出したのはいったいどこだったのか?

改めて見返すことで、シンプルなプロットの中に深い意味を持った作品であることを再確認しました。

この映画は本当に僕にとって重要な作品です。

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これに対し、キャットウーマンは、その出生を絶望に根ざした存在です。

セリーナ・カイルは、キュートでありながら、男性優位の社会で押し潰され疲れきったOL。

職場での圧力とセクハラ、母親からの結婚の催促、男に媚び売る化粧品の広告…

2重の意味で殺された彼女は、キャットウーマンに姿を変えます。

艶やかで凶暴だが脆さを感じさせるキャットウーマンは、どこまでも美しく切なく魅力的です。

バットマンリターンズ」については、映画評論家の高橋ヨシキさんの著書「悪魔が憐れむ歌」を参考にされると良いと思います。キャットウーマンについての章は名文です。

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(表紙にもキャットウーマンが!)

 

またリスベットはというと、同じくして男性に虐待された身ですが、唯一心と体を許した男にも、男女としての関係を事実上解消されてしまいます。ミカエルは別のパートナーを選びました。

この事を考えると、最後にはバットマンの愛を拒絶したキャットウーマンとは、また異なる悲しみが彼女にはあります。

しかし、なぜ彼女は男性に愛を求めてしまったのか?

それは異常者である彼女は、結局社会や他人と関わる方法が犯罪とセックスしかなかったからなのかもしれません。

希望を見い出せないままバイクで去っていくラストシーンは、「マッドマックス」での心が壊れ希望を失い狂気に取り憑かれたマックスの去り際に、どこか重なる物がある様に感じました。

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僕は男なので、映画の中でも女性には感情移入しにくいことが多いです。

しかし、尊厳のために闘い、傷付き、消えていくこれらの女性達の姿には、性別の垣根を越えて心が揺さぶられる物があります。

なぜなら、そこで描かれているのは生きることそのものだからです。

少なくとも、僕にとっては。

理不尽な世の中の仕組みに屈することなく抗う彼女らの姿勢を、僕は心の底からカッコいいと思います。

その先に待ち受けているのが、希望であろうと、破滅であろうと、彼女らの闘争の物語は力強く、儚く、美しいのです。

 

 

ケケケ

 

 

(終わり)

ところでクリストファーノーラン版のバットマンの3作目にバイクに乗ったキャットウーマンが出てきたけど、アレはケツを見せびらかすだけのキャラだったな…

そもそもダークナイトは最高やけど、バットマン・ビギンズダークナイト・ライジングは微妙なんだよな

アン・ハサウェイのケツはマジで素晴らしかったけどw

ドラゴンタトゥーの女(ちょいネタバレ)

ドラゴンタトゥーの女という映画を見ました。

最初に言っておくと、僕はあんまり好きじゃないです、すいません。

あらすじとかはこちら↓

http://eiga.com/movie/56065/

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(以降、微妙にネタバレあり)

 

 

いやね、なんで楽しめなかったかっていうと色々あるんですが、1番の原因は僕にあります。

ていうのもね、話のメインの筋としては、昔失踪したハリエットって女の子を殺したのは誰か?それとも生きているのか?という謎解きなんですけどね、オレ途中までハリエット=ドラゴンタトゥーの女(リスベット)なんだろうなあと勝手に思ってたんですよ。明らかに違うのに。

え、理由?

 

顔が似てるからですけど!?ww

 

ちなみにリスベットは23歳、ハリエットは多分40代でした…

ちょっと頭使えばわかることなんですが、ぼくは見始めて1時間くらいしてやっと

…やっぱりなんかおかしくね!?

と気づきました…

バカですね、はい。

 

いやだってね?結局このドラゴンタトゥーの女ことリズベットとハリエット及びその闇深い一族ってのは、全然関係ないんですよ?

しかも前半の謎解きパートのオチ、すなわち「ハリエットに何が起こっていたのか!?」への解答もはっきりいってつまんなかったし!

しかも結局リスベットの過去とかはそこまで明かされてないし…

結局これ、「リスベットちゃんかわええ…」ってだけのラノベみてえな映画じゃねえかよ!!

たしかに可愛かったけど!!

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(リスベット役のルーニー・マーラさん。かわええ…)

 

 

リスベットたんは肩や太ももにはタトゥー、顔面にはピアスだらけのゴスでヤバそうな雰囲気の上に、殺人や強盗の過去があるレズビアンという明らかにヤバい女の子。

しかし、ミカエルに恋心を抱いてしまいそれを素直に表せない…みたいないじらしさがギャップで萌えます。

あとエロ要素も多くて良かったですね。普通に乳首見えて最初はちょっとビビりましたけど。

濡れ場も何回もあって大満足ですよ。

あ、モザイク入れたやつは死んでください。

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けどこの映画それだけじゃねえかよ!!

謎解きとリスベット自身の物語になんらかの関連性もなくてガッカリしました。

なんていうか

「マックスとフュリオサの微妙な恋愛がテーマで、話もシタデルに戻る所の手前くらいで終わる、タイトルが「片腕スキンヘッドの女」みたいなマッドマックス怒りのデス・ロード」

みたいな感じでした。

この例えわかりにくっ。

 

ていうかデビッド・フィンチャーの映画、前から質感暗いのは知ってたしそこも魅力なんですが、今回は特に「高級外車のCM」みたいだなあ…と思いました(笑)(笑)

ファイトクラブはピンクの石鹸やら顔についた血やらの明るい色が、灰色の質感の中でがアクセントとして映えてましたしセブンは相当に徹底した灰色が話の陰惨さとマッチしていると思いました。

ただ今回はずっーーっと暗い。

それもただただ地味な暗さ。

しかも長い!!(2時間半超え)

正直途中ダレました。

眠いとかではなく、疲れる。

 

 

とかまあ色々言ってみたけど、僕的には可愛い女の子の乳首見れたんでOKです。

ひどい結論ww

まあ、普通に生きてたらタトゥーだらけのメンヘラ美女の喘ぎ声やらおっぱいやら味わうことはないので…

これだけでも見る価値あります!!

 

ケケケ

 

(終わり)

マキシマムザ亮君

吉田豪は早くマキシマムザ亮君にインタヴューすべきですよ!

 

ついさっき銀杏BOYZの峯田が中学の時に女教師に性的虐待を受けて女性恐怖症になったって話を知ったんですが、やっぱり屈折した人には屈折する理由があるっことですよね。

てことは、マキシマムザ亮君も絶対なんかあるはずなんですよ!!

本人曰く超絶シャイだから隠してきてると思うんですけど、1回洗いざらい話してみてほしい!!知りたい!!

 

後、マキシマムザ亮君が昔ブログで「銀杏の峯田は嫌いじゃないけどなんか苦手」って言ってたんだけど真意の程はどうなんだろう(笑)

1回対バンしてるけどそん時もライブのノリ方とかでファンが軽くネット上で荒れたりしてたみたいやし。

確かに微妙に被ってるところある分相容れない所は多々ありそう(笑)

 

マキシマムザ亮君はあの異常なこだわりさえ捨てれば大槻ケンヂとかそれ以上の存在になれたはず…

まああの異常なこだわりが魅力なんですけどね。

しかしまあ、あの亮君さんの「見た目ヤバいけど実はいい人」を更に覆すまでの狂気が垣間見得る感じ…好きだ!!w

もっとエッセイ本とか自伝とか読みたいって気持ちと、そんなの出すのは亮君さんらしくねえ!!って気持ちがオレの中で3:7くらいの割合でせめぎ合ってます(笑)

 

マキシマムザ亮君そしてマキシマム ザ ホルモンには、もっともっとホルモンの世界に浸りたい!!もっともっと知りたい!!と思わせる異常な魅力があります。

ええい、この際もう、ディズニーランドならぬホルモンランドを作れ!!!!

 

入口はでっかい亮君の口で、各楽曲にちなんだアトラクションがあって、売店でラーメン二郎ホルモンランド店があって(笑)

もちろんへこみんの着ぐるみとかもいるww

 

だってだって、もしホルモンのメンバーが1人でも亡くなった時には、もうホルモンが曲を出したりライブをやったりすることは無くなるんだぜ。

50年後の人が、ホルモンをCDとDVDだけでしか楽しめないのは可哀想すぎる!!

オレは百年後も千年後にも、ホルモンが愛され続けていて欲しいのだ!!

 

マキシマム ザ ホルモン ランドを八王子に作れ!!

耳噛じるのスタッフ、これ読んだらすぐ実行に移せ!!!!

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まあ、マキシマムザ亮君はもし死んでもすぐさまぶっ生き返してくれるから大丈夫かもなw

要はマッドマックス最高というお話

「好きな映画は?」

と聞かれたら、

「マッドマックス 〜怒りのデス・ロード〜 です!!」

と答えることにしています。

あの映画を見て以来頭がおかしくなりました。

永遠のベスト1位です!!

V8!!V8!!V8!!

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映画監督や評論家の方がよくオールタイム・ベスト10を挙げたりしているのでやってみたいのですが、これがなかなか難しいんですよね。

1位はマッドマックスとしても、そのあとが一切思い浮かびません。

タクシードライバーやファイトクラブは魅了された映画ではあるけど好きってわけでもないし…

最近だと愛のむきだしが素晴らしかったけど、園子温はそこまで好きじゃないんだよな…

スターウォーズも入れるとしたら4なのか5だけど、なんかあんま映画知らない人と思われそうでヤダ!!(←知らないくせにw)

シン・ゴジラ大好きなんだけどオタクみたいに思われないよな!?大丈夫だよな!?

などなど…全く決まりませんw

 

というかそもそも好きな映画、ってのがどう捉えていいのかよくわかりません。

というのも映画って、エンターテインメントとしての側面と、何か問題を観客にものすごく突きつけてくる芸術作品としての側面の二つがあるように思うからです。

 

主に、見ていて気持ちがいいという意味での「好きな映画」なら、ジュラシックパークとかスターウォーズみたいな、娯楽作品になります。

(もちろんこれらも娯楽作品以上の深さを持った作品ではありますが)

しかし、観客に命題を突きつけショックを与え

「オレはどうすればいいんだ?」

「この映画をどう処理すればいいんだ?」

と思わせるような作品は、映画的な醍醐味に満ちていますが、「好きな映画」と言いづらいというのはあると思います。

 

さっきあげたファイトクラブなんかがそうですよね。

物語前半では、

「ワークアウトは自慰行為だ!!男なら自己破壊を!!」

と謳う反社会的なメッセージに僕らは

「カッケェ…」

と夢中になりますが、それが物語の後半で逆転する形となり、その後の怒涛の展開に観客は圧倒されたまま映画は終わってしまいます。

「消費社会の中、生きる意味を見失ったままでいいのか!!」

「お前らは歌って踊るこの世のクズのままでいいのか!!」

と我々を扇動しておいて、最終的には

「ほらな、やっぱりお前らは歌って踊るだけのクズなんだよ」

と突き放すという鬼畜行為…

映画そのものが二重の皮肉になっているという、恐ろしい映画です。

だからこそ、何度でも見たくなるし、見れば必ず

「どうすればいいのか?」

と考えざるをえない。

これを「好きな映画」として片付けることは難しいですよね。

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同様にタクシードライバーも、ある一定の層の人にはとても共振する映画です。トラヴィスの中に自分と似たものを見出してしまうからこそ、彼の凶行が他人のことの様に思えず、共感と不安に思う心の間で揺れ動くことになります。

しかし、最後のシーンによって

「これでよかったのか?」

とさらに頭を捻って考えざるをえなくなる…

だからこそこの映画には奥深く、密に絡みつく魅力があるのでしょう。

僕の中では、本当に素晴らしい映画だと思うのですが、未だに手放しに「好きだ!!」と言うことはできない作品です。

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まだ僕は見た映画の数も大したことないし知識も全然です。

映画を見た後色々考えるのが好きなタイプなので、1日に何本も見るのは性に合わない気がします。たまにやりますけど。

だから見たい映画がありすぎて困ってるんですよね(笑)

とりあえずゴッドファーザーぐらいは見とかなきゃいけないし、いわゆる古典的名作もまだまだ。

後、個人的に既存の楽曲がBGMに使われてる映画が好きなんですよ、スコセッシ監督のグッドフェローズとかディパーテッドみたいな。

なんかそんな映画ないですかね?

誰かおすすめ教えてください。

 

というわけで以上!

 

(終わり)

未来は僕らの手の中(加筆修正しました)

とあるラジオ番組がマジで大嫌いだ。
それはSCHOOL OF LOCK!!というラジオ番組なのだが、自称「十代限定ラジオ」「君の未来を握るもう一つの学校」。
毎週月、火、水、木曜日の10時から12時、そして金曜日の10時から11時の間、全国のFM放送局で生放送されている。
影響力はかなり大きく、新聞の「悩める若者」という特集のでかい見開き記事の隅っこに、周りの先生や親、友達以外の相談相手として「こころの相談室」(あの学校とかで四角い紙が配られるアレ)と並列して載せられていたほどである。
知らない人はググるなり聞いてみたりしたらいい。オレは精神衛生上悪いのでだいぶ長い間聞いてない。
賢ぶったりこまっしゃくれて言っているんじゃない。いやそうかもしれないがそれ抜きにしても、あのラジオは嫌いだ。異様だ。気持ちが悪い。危険ですらあると思う。




確か三、四年前までは毎日聞き流していてた。
難癖つけたりしつつもなぜか、結構長い期間(半年くらい)聞いてた。
毎日聞いては次の日学校で僕と同じく冴えないやつと悪口を言っていたが、今思えば無駄な時間だった。
まあ、このラジオのせいで邦ロックに対する慢性的な嫌悪感を抱いてしまいそれが結果的にメタルやハードコアに傾倒する原因ともなったので、感謝すべきなのかもしれない。
未だにアジカンBase Ball Bearだけは大嫌いだが、このラジオで生半可に知ってしまうこともなければ今でもなーんとも思わないバンドの一つだったかもしれない。
とにかく、これが最低最悪のラジオであることには変わりない。
ほんとうにムカつく。ファックオフだ。
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このSCHOOL OF LOCK!!の何が嫌いかと言うと、一言で言えば「馴れ合い感」である。
このラジオでは、ゲストの来る回ではパーソナリティ2人が様々なゲスト(大半はその都度売り出し中の邦ロックバンドマン)を招いてトークする。(このトークが全てのラジオの中で一番くらいにつまらないのだがそれは個人的な意見なので置いておこう)
そして、そのミュージシャンをだいたい褒めちぎる。
「なんていうかこのお、〇〇先生の今のメッセージ?とかがマジでビンビンに伝わってきてえ」
「なんつーかとにかく泣きました(笑)今も目潤んでます(笑)」
「見て、この鳥肌!!ヤバイ(笑)」
このラジオでは全てのミュージシャンに先生をつける。たとえぱバンプ先生、セカオワ先生、ジャスティンビーバー先生といった具合に。
どんなミュージシャンが、どんな曲を出しても、どんなアルバムを出してもあの調子だ。
そこに批評の目は無く、作品を深い所で理解しようとする姿勢は一切見られない。ただただそれを享受するのみ。彼らは容易に涙を流す。
広告、宣伝の為のラジオだからそんなもの必要ないかもしれない。
しかし、特に10代という自分が何者なのかを模索し苦悩する期間においては、何事にも無批判に受け入れる精神こそ唾棄すべきものであると思う。
それにあのラジオのなんでも全力で褒めちぎって感動し涙を流す感じは本当に気持ちが悪い。異様だ。

そして、このパーソナリティ2人は音楽の評論家でも心理カウンセラーでもなく(音楽についてはかなり詳しいようだ)、売れない若手芸人である。
別にだからといってダメだとか言うわけではない。
だがはっきりいってつまらない。個人の感想だけれど。(あれみんなゲラゲラ笑って聞いてるんですかね?)
彼らは番組の10代の生徒(リスナーをそう呼ぶ)に電話をかけ、彼らと話をする。
企画に応じて、たわいもない駄話をしたり、将来の夢やイジメなどの深刻な悩みの相談を聞いてして、その都度アドバイスをしたりもする。
1度聞いてもらえばどんな雰囲気かわかると思うが、そこでの彼らの言動は反知性的ですらある。
「オレはバカだからわかんねえけどよう…」
まるで漫画の主人公のような「知識や理論に囚われていないからこそ物事の本質を見抜き、不器用ながらも真理を突いた」メッセージの数々が、電波に乗って日本中の10代へ届けられる。
これも、別にそのことが悪いわけじゃない。
けどあれが日本中の10代が聞くべきレベルの語りなのか!?
賢ぶって言うわけじゃないが、ちょっとあまりにもしょうもなさすぎると思う。
凡庸で似たりよったりで薄っぺらい言葉を吐く彼らの手の中に、僕らの未来の鍵は握られているのだろうか?
もしそうならオレは死ぬ。


SCHOOL OF LOCK!!を聞いていてふと気づいたことがある。
それは、若さや自由を謳うあのラジオそのものが生み出す空気感が、教室のそれと酷似していることだ。
教室は嫌いじゃないけれど、青春とか若さという言葉を使い美しさや輝きを強調するようなものには思えない。
イケてる男子達の騒ぐ声、イケてる女子たちの黄色い声。隅で群れるオタク男子、スマホを囲む腐女子。中には1人で突っ伏しているやつや、窓の外を眺める不思議ちゃんなんかもいるだろう。
たくさんの集団や個人が一つの部屋に共存しているが、その集団の間での交流はあまりなく、全てがどこか自己完結しているように映る。
全体が総括して織り成す「教室の雰囲気」に一抹の居心地の悪さを覚えながら、あるようでない自分の定位置を探し、そこに腰をおろし一安心する。
先生の目には「みんな仲良し楽しいクラス」が映っているのだろうか。ラジオでも、その裏側の汚い部分は無いものにされているかのようだ。
流行りの若手女優ののほほんコーナーの後イジメの相談電話があり、その後イケイケの邦ロックバンドの新譜紹介そしてリスナーの熱い感想が読まれ、さっきのイジメの電話の続きが始まり…
僕は逃れられない窮屈さを感じる。
迷い込んだ「もう一つの学校」でも掴まされたのは借り物か偽物で、僕らには束の間の自由ですら許されていないというのか?


その他にも10代の好きそうな音楽や企画を並べた二時間が、毎日毎日繰り広げられる。
流行りの音楽や女優、俳優の話題。
適度に「ロック」された楽曲の数々。
悩める10代に手を差し伸べるラジオSCHOOL OF LOCKは今日も放送中だ。
正義の旗を掲げて自由や個性を謳う彼らは、本当の意味での自由や個性を黙殺していることに気づかない。
だからあそこには馴れ合いしか生まれない。
ロックは若者に、いや若く飢えた精神をもった全ての人に、自由を求める力をくれる。
周りで流行っているものや、今自分の目に映るもの、世間で正しいとされているものが全てではないということを、ロックは、音楽は、僕らに教えてくれる。
この世界には、自分の知らない素晴らしいものがたくさんあるということ、その匂いを嗅いで胸がワクワクし、まだ見ぬ未来に思いを馳せる感覚は、あのラジオでは味わえない。



真面目に語ってみたけれど、単にオレがひねくれてるだけな気がしてきた。
まあ聞かなきゃいいんだろうけど、こう思っているのはオレだけなんだろうか!?
これを読んでる人は、ちょっとしばらくあのラジオ聞き続けてみてください。
ホントは「こんなクソラジオ聞くな!」とか言ってしまいたいところだけど、昔聞いてた頃とは別物になっているかもしれないし、皆さんで判断してみてはいかがでしょうか。
その上でこの文章を読んで「なんだこいつ」とか思ったんなら、あんたは「生徒」だ。
入学おめでとう!!
オレは自主退学しました。

おどけてみても、このラジオの影響力を考えるとムカつくを通り越して不安にすらなってくる。
本当に10代の人々はあのラジオに満足しているのだろうか?
正直、リスナーの多くがいわゆる邦ロック好きであって、10代の世相をそのまま反映してはいないとは思うが…
しかしその癖勝手に10代を代表しやがって、やはり許せん、ファックオフだ。
やつらが「まっすぐな」笑顔を浮かべ差し伸べる汚れた手の中には、僕らの未来の鍵などはないというのに!!



誰かのルールはいらない
誰かのモラルはいらない
学校もジュクもいらない
真実を握りしめたい

未来は僕らの手の中!!

ケケケ

(終わり)

愛のむきだし

園子温監督の、愛のむきだしという作品を見ました。

見始めて十数分、「これ傑作かもな」という予感は全く間違ってなかった!!

タイトルどおり愛がむきだしてました。

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なんというか、感想としては、苦手な感じの映画にも関わらず大傑作!って感じ。

特にコイケって女の子と雨の中で話するシーンとか最初見た時「これキツいかもな」って思ったり、すごい叫ぶシーンとかも多い感じで…

苦手なんです、そういうの。

ただ、それこそがまさに「むきだしの愛」なんですよね。

並々ならないエネルギーの詰まった超名作ですよこれ。

 

あと、満島ひかりさんがいちいち素敵で、最高に可愛らしく、エロく映っていて本当にドキドキします(笑)

それに安藤サクラさん演じるコイケってキャラ、感情豊かな能面みたいな(失礼)顔してて、いちいち表情が怖い!!w

ただ、劇中で彼女の内面はあまり描かれないけどあいつはあいつで悲しいやつなんだよな…とか思ったりして。

あと個人的にユウの仲間の不良3人組がスゲーいい奴で好きですねww

ゆらゆら帝国の音楽もすぱらしかった…あのずーっと流れてた曲覚えちゃったよw

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いちいちポスターがめっちゃかっこいいですね。

4時間もあったけど1時間半くらいの感覚で見れます、マジで。

とにかくこの超絶怒涛のジェットコースタームービー、大傑作なので、「こーいうの苦手かもな…」って思っている人も試してみてはいかが?というお話でした。

 

いやーそれにしても、「愛」って「勃起」なんですねえ…

 

 

──────────────

(追記)   ※以下ネタバレあり

映画評論家で悪魔主義者の高橋ヨシキさんが、著書の中で「愛のむきだし」について言及されていました。

その中でヨシキさんは、コリント人への手紙をヨーコが暗唱するシーンは、愛とは何か?の答えのように描写されているが、同時にヨーコのゼロ教会への忠誠を意味しており、愛を求めずにはいられない愚かな人間の本性を表しているから感動的なのだと指摘されています。

(詳しくは「暗黒映画入門 悪魔を憐れむ歌」を参照のこと。地獄の宝箱ひっくり返したみたいな最高に面白い本です。)

悪魔主義者らしい鋭い指摘だと思います。

特にテツとカオリに関しては、洗脳されている最中も被害者の会に入った後も、あまり変化が無いように見えます。

それは、滑稽で狂気じみてながらもむき出しで愛を求めるカオリの生き方は、洗脳前も後も変わらないからなのでしょう。

また、コイケが自害するシーンでコイケは、ユウもまた自分と同じなんだと呟きます。

さそりの格好をして人を斬りまくり、爆破までしてヨーコを取り戻そうとするユウは、明らかに狂っています。(事実、マリア像を壊されヨーコにも拒絶されたユウは精神を壊してしまいました。)

教会とユウのどちらがおかしいのかわからなくなる。

人間は罪深く愚かであることを認めさせるためにユウを信者にしようとしていた彼女にとって、彼女の仕事はあの瞬間果たされた。だから自害したのだ、と僕は考えています。

 

ものすごく馬鹿げていたり醜悪であったり、見苦しいシーンの多い映画でしたが、すべてはむきだしの愛を表現するためなのだ、と改めて気付きました。

だからこそラストの愛に気づいたユウとヨーコが結ばれるシーンが、とてつもない感動を生むのでしょう。

人間の愚かさや狂気、そこにある愛を真っ向から真摯に描いた、素晴らしい映画でした。

 

(終わり)